高橋彩華、10度目の「最終日最終組」でつかんだツアー初V

ゴルフの歴史には、その転換期となる数々の「名勝負」がある。それを知らずして現代のゴルフを語ることはできない。そんな「語り継がれるべき名勝負」をアーカイブしていく。

今回は、月刊ワッグル連載・角田陽一の「時代をつくった名勝負」より、高橋彩華の2022年「フジサンケイレディスクラシック」の名勝負を紹介していきます。

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ベテラン、中堅、黄金世代の優勝者

国内女子プロツアーは、今季も活性化している。開幕から10試合で5勝(5月22日現在)した西郷真央。『ワールドレディス』(5月5日〜8日)でメジャー初優勝した山下美夢有。この二人は2001年生まれの20歳だ。

大ベテランの上田桃子(35歳)、中堅世代の渡邉彩香(28歳)、堀琴音(26歳)も優勝した。98年生まれの黄金世代も健在だ。畑岡奈紗、渋野日向子は米ツアーで奮闘。国内でもニュースターが生まれた。

植竹希望は『KKT杯バンテリンレディス』(4月15〜17日)で4人のプレーオフを勝ち抜き、23歳で黄金世代10人目のツアー優勝者になった。その一週間後。高橋彩華が続いた。『フジサンケイレディスクラシック』(4月22日〜24日。川奈ホテルGC富士C)の第1ラウンドで単独首位に立つと、第2ラウンドも首位をキープ。第3ラウンドの最終日は最終組でプレーし、首位を譲らないままの完全優勝でプロ初Vを達成したのだ。彼女も23歳だった。

じつは高橋が最終日最終組でプレーするのは、これが10回目だった。1回目は19年6月だから、「勝てそうなのに勝てない」という時期が3年近く続いたことになる。それを乗り越えて、黄金世代11人目のチャンピオンになったのである。

最終日最終組、ここでは略して『最最組』と書く。『最最組』はトーナメントの花形である。優勝がかかった最終ラウンドの、いちばん優勝に近い好調選手たちのペアリングだからだ。多くの注目を集めるため、テレビ中継もこの組を中心に組み立てられる。

そこでプレーすることはプレーヤーの理想であり、あこがれだ。もちろん緊張感も極大になるが、それでも『最最組』で注目されてプレーしたい、と望むのがプロゴルファーである。

最終日最終組は勝ちにくい?

高橋はこの『最最組』でプレーしながら優勝できない試合が9回続いた。列記すると以下のようになる。

●19年『ニチレイレディス』6月21日〜23日
通算9アンダーの単独首位で最終ラウンドをスタート。パープレーで回りプレーオフで敗れて2位。優勝は鈴木愛。

●19年『富士通レディース』10月18日〜20日
通算11アンダー、3位タイから最終ラウンドをスタート。2アンダーで回り4打差単独4位。優勝は当時アマチュアだった古江彩佳。

●21年『ヤマハレディースオープン葛城』4月1日〜4日
通算9アンダーの首位タイで最終ラウンドをスタート。この日1アンダーで2打差単独3位。優勝は稲見萌寧。

●21年『KKT杯バンテリンレディス』4月16日〜18日
通算10アンダー、1打差の単独首位で最終日をスタート。この日7オーバーで11打差、15位タイ。優勝は山下美夢有。

●21年『ワールドレディス』5月6日〜9日
通算12アンダー、3打差の単独首位で最終日をスタート。この日2オーバーで4打差5位。優勝は西村優菜。

●21年『ニッポンハムレディス』7月8日〜11日
4打差の3位タイから最終日をスタート。この日2アンダー、5打差3位タイ。優勝は堀琴音。

●21年『楽天スーパーレディース』7月29日〜31日
3打差2位タイで最終日をスタート。この日2アンダーで3打差2位タイ。優勝は吉田優利。

●21年『CAT Ladies』8月20日〜22日
1打差単独2位から最終日をスタート。この日は4オーバー、2打差2位タイで終わる。優勝は小祝さくら。

●22年『Tポイント×ENEOS』3月18日〜20日
1打差単独2位から最終日をスタート。この日パープレー、3打差単独5位。優勝は堀琴音。

3年あまりで『最最組』で9回プレーして優勝なし。イメージ的には「勝てないのが不思議なほど勝負弱い」と感じるが、他の選手は実際どうなのか。『最最組』で回る選手はそんなに勝つチャンスが少ないのか。そのことを検証するために『最最組』の勝率を調べてみた。

結論からいうと『最最組』で回る選手の勝率はかなり高かった。表は1年間(21年)の国内女子ツアー『最最組』の優勝確率などである。概要は次のようになる。

*『最最組』の優勝確率は71.05%。7割以上は『最最組』から優勝者が出ていた。「ゴルフは何が起きるかわからない」ものだが、それでも他の組をリードしている『最最組』でプレーすることは、優勝への近道になっていた。

*この高い数値の主因が首位スタート選手(タイを含む)の優勝確率。47.37%で、最終日を首位でスタートすれば、半数近くの試合は勝てている。ちなみに21年の最終日首位スタート者は全員が『最最組』。首位タイが4人以上になれば『最最組』に入れない場合もあるが、その確率はほとんどない。

*『最最組』のV確率から首位スタート選手の優勝確率を引くと、首位スタート以外の選手の優勝確率が出る。23.68%で、これは『最最組』1人あたりの優勝確率(71.05%の3分の1)と同じである。

こうした数値を当てはめると、『最最組』9回で0勝は特殊な結果といえる。1人あたりのV確率23.68%×9回なら優勝回数は2.13。2試合は勝てるからだ。また9回中の首位スタートは4回。47.37%の勝率を当てはめると1.89回。こちらのデータでも2回に近い優勝回数になる。となれば、優勝できる技術はあるのに、優勝できない。高橋のそういうイメージは間違っていなかったことになる。実際には『最最組』ではない最終日にも優勝戦線には加わっていたから、『勝てそうで勝てない』イメージはますます強まった。それを払拭したのが22年『フジサンケイレディスクラシック』である。

前述のように第1ラウンドから首位に立ち、第2ラウンドも単独首位。第3ラウンドは10回目の『最最組』でスタートした。1、2番で連続ボギーを叩いた。

「また勝てないのかなぁ、と嫌な気持ちだったけど、『逃げんじゃねー』と自分を一喝。3番の第2打でピンを狙っていいボールが打てた」(高橋)。ここから連続バーディを取り返した。後半は3バーディ、ノーボギー。終わってみれば2打差で逃げ切っていた。

3日間トップの完全優勝は大会史上初。コースの変化が大きく風も強い川奈での完全Vは価値が高い。高橋のレベルの高さの証しにもなったのである。

実力は間違いなし 初優勝は出発点

高橋は98年7月、新潟県生まれ。高校3年の16年6月には女子アマチュアのビッグタイトル『日本女子アマ』で、その4カ月後に『日本女子オープン』でアマチュア優勝した畑岡奈紗(2位)を抑えて優勝している。実力の高さは、このころからのものといっていい。

プロテストは2度目の受験(18年12月)で合格。1回目の17年は、テスト不合格ながらツアー出場権をかけたファイナルQTは突破。18年は29試合に出場し、賞金ランク92位の成績を残した。

18年のプロテストに合格。翌19年のツアーでは2度の『最最組』を経験するなど、賞金ランク19位と躍進。堂々とシード権を獲得して、20-21年のシーズンに臨んだ。高橋の武器はショット力といわれている。「ツアー屈指のショットメーカー」という評価もある。

20-21年シーズンのパーオン率はツアー2位(1位は稲見萌寧)。平均パット数(パーオンホール)は14位ながら、バーディ数は3位。60台のラウンド数55回は2位である。乗ってくるとパットが入るようになる、というプレーぶりがうかがえる。事実、活躍した試合では10メートル級の「ロングパットが決まった」というコメントも随所で見られる。このようにショットとパットがかみ合って60台が多く出る。それが上位進出のカギになり、『最最組』の機会を増やしている。そういう見方ができる。

それでも3年で『最最組』10度目の初Vというのは珍しい記録といっていい。どれほど素晴らしいスイングを持っていても、その威力を持続させるにはメンタルの力が必要になる。強い自信だ。注目と期待が大きい『最最組』で優勝を逃す。そんな経験が増えると、自分への信頼感は低下せざるを得ない。迷いや不安が心に根差すことで、スイングのキレは鈍り、威力や安定度が低下するからである。その結果、成績も次第に下降して『最最組』に入れなくなっていく。そういうことになりやすいのである。

「勝てそうで勝てない」ジレンマは、高い実力があるほど大きくなる、というやっかいな面も持っているのである。高橋は初の『最最組』から3年ほどの逸勝の時期が続いた。しだいに首位で最終日を迎える試合は減っていったが、それでも『最最組』に加わり続けたことは驚異的である。『絶対に勝てるという自分への信頼感を失わなかった』という強さがあったからだろう。「ツアーの女王争いに参加したいです。早く2勝目もあげたい」といったのは初優勝の直後。勝って感激では終わらない。この言葉も彼女の自信の大きさを物語るものだ。

こうしたタフさが、今後への期待を膨らませる要素になっている。勝てなかった試合後も、高橋はいつも前向きなコメントを残し続けてきた。良かった点と反省点をしっかり区別し、それを話す姿勢を失わないできた。

それもまた自分への信頼を失わなかったからだろう。「私はしっかりやれれば勝てるプレーヤーだ」という思いを、彼女は途切れさせなかったはずだ。そういう選手は少ない。そこに今後の期待がかかる。そもそも、プロのゴルフは、勝てなかった数を競うものではない。残るのは勝利数だけである。それを積み上げていくための時間が、高橋にはたっぷりある。『最最組』での優勝も、あと数回増えれば平均値を超えられる。

しっかりしたスイングを持ち、乗ってきたら60台がどんどん出る。そんなプレーをドシドシ見せてもらいたい。『フジサンケイレディスクラシック』の優勝は、その出発点となる可能性がある。

文=角田陽一
写真=相田克己、田中宏幸

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